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高知地方裁判所 平成4年(行ウ)7号 判決

原告 川渕誠司

被告 高知県

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

原告と被告との間において、原告が高知県立幡多農業高等学校教諭の地位を有することを確認する。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  原告は、昭和五九年四月一日、高知県教育委員会(以下「県教委」という)から、高知県立高校教諭に採用され、同六二年四月一日から、同県立幡多農業高校教諭として勤務していた。

2  被告は、学校教育法二条一項によって、高知県立高校を設立している地方公共団体である。

3  県教委は、原告に対し、平成四年四月一日付けで、「高知県立幡多青少年の家職員(社会教育主事五等級)に転職させる。高知県立幡多体育館社会教育主事を兼職させる」との辞令を発した(以下、高知県立幡多青少年の家を「青少年の家」と、高知県立幡多体育館を「体育館」と、右二つの社会教育主事を併せて「本件社会教育主事」という)。

そのため原告は同年四月七日から右青少年の家に事実上勤務しなければならないなど、原告の高校教諭の地位には不安がある。

4  原告は、社会教育法九条の四に定める社会教育主事の資格を有しない。

二  争点

1  原告は、本件転職処分に重大かつ明白な違法があり無効であることを前提として、高知県立幡多農業高校教諭の地位を有することの確認を求めている。そして、無効原因としては、大別して、高校教諭から社会教育主事への発令に関する瑕疵(後記原告主張(一)ないし(三))と本件転職処分に関する県教委の裁量権の逸脱ないし濫用(後記原告主張(四))を主張する。これに対し、被告は、原告の主張を争うと同時に、裁量権の行使として県教委のなした本件転職処分には十分な必要性と合理性があり(後記被告主張(四))、重大かつ明白な違法はないと主張する。原・被告の主張の大要は次のようなものである。

(原告の主張)

(一) 本件社会教育主事は、社会教育法第二章に定められた社会教育主事(以下「専門職としての社会教育主事」という)であって、同法九条の四に規定する資格が必要であり、高校教諭を社会教育主事に異動させるには、教育公務員特例法一六条二項により、その者を一旦教諭を退職させ、新たに選考の上、社会教育主事に採用することが必要であり、退職、採用いずれについても、その者の承諾、同意が必要である。

原告は、社会教育法九条の四に定める社会教育主事の資格を有さず、高校教諭を退職する意思も、社会教育主事に採用される意思もなく、異動も承諾しなかった。

(二) 仮に、本件社会教育主事が高知県教育委員会行政組織規則(以下「組織規則」という)を根拠とする単なる職としての社会教育主事(以下「職としての社会教育主事」という)であっても、組織規則は、専門職としての社会教育主事と職としての社会教育主事の区別の基準を明確にしておらず、教育委員会事務局配置の社会教育主事の内にも前記二種類の社会教育主事が存在するなど、その解釈は不安定極まりなく、規定内容が不特定であり、対象者の身分を不安定にさせ、任命権者の恣意を許す余地のある違法な規則である。

(三) 社会教育主事は社会教育団体に指導助言をするものであって、社会教育主事には、高度の専門性が必要とされるから、その資格の具備は極めて重要であり、被告の採用した職としての社会教育主事への転職という便法は、社会教育法九条の四、教育公務員特例法一六条二項の脱法であり、同時に、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という)、地方公務員法に認められている一般的任命権を濫用したものである。

(四) 任命権上の裁量権の逸脱ないし濫用

(1) 教員の身分保障からの裁量権の制約

教員には、憲法二三条、教育基本法六条二項及び教育公務員特例法の理念に基づく特別の身分保障の原理が働くから、県教委の任命権行使における裁量権の行使としての教員間の転任は、当該教員の同意があることを原則とし、本人の意に沿わない不意転が例外的に許される場合としては、(a)教員の教育意欲が著しく弱まらないと予定でき、(b)現任校の教育計画を著しく妨げるおそれがなく、(c)新任校からの強い希望ないし新任校の教育発展に必要な特段の事情があり、(d)教職員組合とも十分協議して得られた地域人事交流計画に従うなどの合理的必要性がなければならない。本件転職処分は高校教諭としての地位を喪失させ、職務内容も質的に変化するというそれ以上に重大なものであり、そのような転職処分を行うには、前記教員の身分保障の原理に照らして、本人の同意を要することとなり、この同意という要件は法規裁量として任命権者である県教委を拘束するというべきである。原告は、前記のように、社会教育主事に転職する意思はなく、その同意もしなかった。

(2) 教育要求の制限

原告は幡多農業高校の保健体育の教諭として五年間勤務して、同校における学校教育活動を計画的、系統的に遂行し、剣道部、社会問題研究会の顧問教諭として指導の成果を挙げていたものであり、それらの教育活動を継続したいという教育要求を有していたところ、本件転職処分はその要求を無視するものである。

(3) 手続きの違法性

教員の職務内容と社会教育活動の内容は、質的に全く異っている。このような職種の転換にあたっては、本人に対し、その職務内容、その専門性等を十分に説明し、本人に十分な熟慮期間を与えて社会教育への意欲と関心を確かめ、本人に新職務への充分な準備期間を与えるべきである。しかるに、本件においては、発令内定の僅か一三日前に、電話という安直な方法により、校長を通じて原告の意向を打診するなどして発令手続を進行させており、原告の意向、意欲、関心などは全く考慮に入れておらず、手続的にも原告の教員としての身分保障に反する。

(4) 生活権の侵害

幡多農業高校における原告の勤務時間は平日勤務で、夏休み、冬休みも取れていた。しかるに、青少年の家の勤務は三交代制勤務でかつ不規則であり、夏休みもない。原告夫婦は共働きでしかも二児があり、次男の保育園の送迎は原告が担当していたので、交代制勤務であるとこれが不可能となり、夫婦どちらかが職業を失いかねない危機を生じた。また、交代制勤務のため家族、特に子供との交流が希薄になった。さらに、給与も、本給は行政職になったため一万円弱の減給となり、一時金等を含めると年間六〇万円近い減収を生じた。

(被告の主張)

(一) 原告の主張(一)に関して

本件社会教育主事は、社会教育法第二章に規定する社会教育主事ではなく、その根拠を組織規則のみに置く単なる職としての社会教育主事であって、社会教育法九条の四に定める資格は必要ではなく、高校教諭を本件社会教育主事に異動させるのは、地方公務員法上の転任によって行うことができ、転任は任命権者の裁量に委ねられたものであるから、その者の同意、承諾は必要ではない。

(二) 原告の主張(二)に関して

組織規則は、法律の個別・具体的(再)委任に基づいて制定されており、二種類の社会教育主事はその資格、配置場所、職務によって区別しうるものであるうえ、職としての社会教育主事はその設置以来二〇数年を経過し、法律的にも定着安定したものとして運用され、何ら不明確な点はない。

(三) 原告の主張(三)に関して

本件社会教育主事には、青少年の家・体育館が青少年・成人の社会教育活動に関し教育的指導性を発揮しうるための専門性が備わっていなければならないが、現行法制はこの点未だ発展途上に在るにとどまっており、専門職としての社会教育主事を必ず置かなければならないものではない。

職としての社会教育主事制度の設置目的は、教員から社会教育主事への転職を円滑にし、その人材確保を図ることにあり、その目的は合理的で、実際の制度内容は右目的達成のために適合し、かつ、具体的運用も、転職後社会教育法所定の資格を取得する機会を与えるなど合理的であり、職としての社会教育主事制度は社会教育法等の脱法ではない。

(四) 原告の主張(四)に関して

(1) 教員の身分保証と裁量権

憲法二三条は普通教育において完全な教授の自由を認めるものではないし、教育基本法六条二項は、一般論として教員の身分の尊重・待遇の適正を規定するが、教育公務員特例法には大学教員等以外の教員の転任を制約する規定は存在しないから、教育基本法六条二項から原告主張のような転任原則が導き出せるとはいえない。

原告の主張する教員間の転任原則に関しては、県教委が県全体の教育行政目的達成の見地から判断すべき問題であり、右の点に関する各教員の意見が転任の適法性を左右することはありえないし、人事異動は教職員組合との交渉の対象となりえないものである。原告の転職後の幡多農業高校において、教育計画の支障は生じていない。なお、原告は、本件転職処分によって高校教諭の身分が失われると主張するが、教育公務員特例法三条、地教行法三五条によれば、教員は地方公務員としての身分を有し、文部事務次官通知(昭二四・二・二二発調第三八号)においても公立学校の教員は地方公共団体の公務員の外の教育公務員という身分にあるものではなく、地方公務員としての身分を有するものとされており、原告は本件転職発令により、社会教育主事に転職されても、高知県という地方公共団体の地方公務員であるという身分を依然保有しているものである。

さらに、従前原告と同様に単なる職としての社会教育主事に転職となった教員については一定の就業年限が経過した後には、教員に復帰させる運用を行ってきており、実質的には何ら教員の身分保障を侵害するものではない。

(2) 裁量権の行使としての本件転職処分とその合理性

地方公務員法が同法一七条一項の転任(転職を含む。以下同じ)については、要件規定を置いていないことからすれば、転任に関する任命権者の裁量には特別な制限はなく、転任の際の教員個人の希望等は教育行政目的達成を阻害しない範囲内においてのみ考慮されるだけであり、しかも、教員は公共の利益のために勤務しなければならないのであるから、教育行政目的達成のため本人の意に反する転任が実施されることも予期しなければならない。そして、右裁量権の行使が違法性を帯びるのは、平等取扱の原則、情勢適応の原則、任用の根本基準、不利益取扱禁止の原則違背など特段の事情がある場合であるところ、本件転職処分にはこれらに違反する点はない。

(3) 手続きの適法性

本件転職処分は、平成三年一〇月三〇日県教委において決定された平成四年四月一日付高知県公立学校教職員人事異動方針に基づく通常どおりの手続きで行われており、原告は、茶畑校長からの本件発令前の意向打診に際しては、発令があればやむをえない旨の意思を表明していたもので、その手続きに何ら問題はない。

(4) 教育要求の制限

原告主張の教育要求は、その保障の程度は高いものではない。

すなわち、教員は、公務員として公共の利益のために勤務しなければならないのであって、教育行政目的達成のため、自己の意に反する転任が実施されることも当然に予期しなければならず、現任校における教育活動の継続は常に保障されているとは限らない。

またクラブ活動は学校教育の一環として行われているという位置付けであるうえ、その顧問教諭は毎年度の校務分掌によって変更される可能性のあるものにすぎない。

(5) 本件転職処分の必要性、合理性と人選の合理性

前記のように、学校教育と社会教育の間で人材の交流が必要であり、昭和四八年一一月二二日文社青第一四三号文部省社会教育局長通知も少年自然の家に置かれる専門的職員は少年の学校外生活に関して適切な指導のできる者をもってあてるとしているところ、青少年の家、体育館は、青少年団体、スポーツ団体からの利用需要が大きいから、同所に配置される社会教育主事はスポーツ等に関する適正な知識体験に基づいて各層の人々を実践的に指導する経験豊かな教員経験者を配置する必要があり、従来から本件社会教育主事については、右のような教員からの転職発令に基づいて人材の確保に努めてきており、より多数の教員がこのような社会教育に係わる職を経験できるように大体三年の周期で交代させるという方針で人事異動を実施しているものであるところ、青少年の家から社会教育主事の交代時期であるとの意見具申があったため、平成四年四月の異動期に、従来どおり、教員から本件社会教育主事への異動を計画したものである。

右異動計画における本件社会教育主事への転職者の人選は、県下全教員の内から、その職務についての適格性を基本とし、青少年の家の設置場所(幡多郡大方町)の地域的要素も考慮に入れ、前記のような見地から社会教育関係の職務の経験のない者を選ぶという方針で人選を行ったところ、原告の幡多農業高校において五年間の教育活動に携わってきた経歴を評価し、それに本件社会教育主事としての適格性についての校長の所見及び原告が社会教育関係の職務の経験のないことをも総合的に考慮して、教育目的達成の見地から本件転職発令をしたものであり、合理性がある。

(6) 本件社会教育主事になることの有益性

本件社会教育主事の職務の質、内容は、教員のそれと相当密接な関連を有するものであり、教員が本件社会教育主事を経験することは、教員にとって極めて有益である。

すなわち、今日の社会では、生涯教育の必要性の見地から、社会教育の重要性、学校教育と社会教育の連携の重要性が指摘されており、その具体的内容として、学校と社会教育施設の相互の関係の強化の必要性及びその具体的方策として人事面の交流の必要性が提言されている。学校教員を社会教育関係職員に配置することは教員の社会教育に対する理解を深めるうえで有効な手段であり、学校教員に社会教育を経験させることにより、より広い視野からの教育活動の展開、地城に密着した学校運営が可能となり、当該教員にとって極めて有益である。

(7) 原告の生活権の侵害

「夏期・冬期休暇」は、教育公務員特例法二〇条二項に基づき、自宅等において研修を行うことができるとされているのであって、休暇ではない。また、子供の保育園の送迎も他の方法により対処することは可能であり、この程度の事情は通常受忍すべき範囲に属する。さらに、子供との交流の点についても、全く無くなったわけではなく、その質と量の問題は法律的に保障された利益とはいえない。

給与については、原告は本件転職により、給料・手当等につき月額合計金三万〇七九六円(年額三六万九五五二円)と期末勤勉手当の年額一八万五六三一円を合計した年間金五五万五一八三円の減収となるが、本件社会教育主事には時間外勤務手当・休日手当が支給されていること、その減収については、教員に復帰後その回復措置が講じられていること、従前から本件社会教育主事の平均勤務年限が三・一年であることからすれば、この程度の減収は受忍限度にあるというべきである。

2  以上のような原・被告の主張によれば、本件の主たる争点は次のようなものとなる。

(一) 本件社会教育主事は、社会教育法にいう社会教育主事であるか。その場合、高校教諭を社会教育主事にするための手続に同意を要するか(原告の主張(一)、被告の主張(一))。

(二) 組織規則三〇条は、その規定内容が不特定で任免権者の恣意をいれる余地のある違法無効な規定であるか(原告の主張(二)、被告の主張(二))。

(三) 本件社会教育主事を職としての社会教育主事とし、地方公務員法一七条一項の転任によって、原告を転任させた方法が社会教育法等の法規に違反する脱法的便法として違法であるか(原告の主張(三)、被告の主張(三))。

(四) 本件転職処分が県教委の裁量権を逸脱・濫用するものとして無効となるか。

(1) 本件転職処分につき原告の同意を要件とするか(原告の主張(四)の(1))。

(2) 本件転職処分は県教委の自由裁量であるか(被告の主張(四)の(1)(2))。

(3) 県教委の裁量権に何らかの制限があるとした場合、原告の教育要求に不当な制限があったか(原告の主張(四)の(2)、被告の主張(四)の(4))、本件転職処分が違法な手続でなされたか(原告の主張(四)の(3)、被告の主張(四)の(3))、原告に対する不当な生活権の侵害があったか(原告の主張(四)の(4)、被告の主張(四)の(7))。

(4) 県教委の裁量権の行使に合理的必要性があったか(被告主張(四)(5)(6))。

第三争点に対する判断

一  争点(一)(本件社会教育主事は社会教育法に規定する社会教育主事であるか、その場合の高校教諭である者を本件社会教育主事にするための手続)について

1  職としての社会教育主事制度の存在

地教行法三一条二項は、学校以外の教育機関に、法律又は条例で定めるところにより、事務職員、技術職員その他所要の職員を置くと規定し、同法一八条二項、三三条は、教育委員会は、教育委員会事務局の内部組織、教育機関の施設、設備、組織編制、管理運営の基本的事項について教育委員会規則を定めることができると規定する。高知県における教育機関の組織・職員等については、同法一八条二項、三三条に基づいて制定された組織規則に規定が置かれており、右組織規則は、その三〇条において、事務局職員及び教育機関職員のうちから命ずる職として社会教育主事を規定するとともに、その職務として社会教育に関する専門的事務に従事するものと規定し、また、青少年の家について、その第三章第四節二五条の二ないし四に内部組織、所掌事務等を、第五章三三条二項に職員として所長及び社会教育主事を置くことをそれぞれ規定していることが認められる(乙三)。

2  社会教育法に規定する社会教育主事と単なる職としての社会教育主事の関係及びその区別の基準

組織規則三〇条に規定する社会教育主事と社会教育法第二章に規定する社会教育主事の関係は、以下のようであると解される。すなわち、後者は同法九条の四に規定する資格を必要とし、都道府県教育委員会事務局に必要的に配置される専門的教育職員であって(社会教育法九条の二、教育公務員特例法二条四項)、その職務も命令及び監督を伴わない社会教育を行う者に対する専門的技術的な助言・指導を与える者である(社会教育法九条の三第一項「専門職としての社会教育主事」)。これに対し、前者から後者を控除した残部の職としての社会教育主事は、単に組織規則上のものであり、後者のような法律上の資格を必要とせず、その職務も社会教育に関する専門的事務に従事する者である(乙三、組織規則三三条二項「単なる職としての社会教育主事」)。結局、組織規則三〇条に規定する社会教育主事には、右二つの社会教育主事が含まれることになり、両者は法律上、資格・配置場所・職務(専門職としての社会教育主事は、教育機関に配置されて社会教育を行うことを職務とする単なる職としての社会教育主事に対し、その教育専門的な指導助言ができる)によって、区別されると解される。

3  本件社会教育主事

社会教育の専門的指導ないし指導助言にたずさわる社会教育専門職員は、各社会教育施設において社会教育活動を指導する社会教育施設職員と指導助言行政職たる社会教育主事とに内訳され、前者は単なる職としての社会教育主事に含まれ、後者が専門職としての社会教育主事に該当する(乙六)。

青少年の家は、地教行法三〇条に基づいて制定された高知県青少年の家設置条例に基づき、昭和五二年四月一日、青少年の研修・講習・野外活動等の用に供すべく設置された教育機関(社会教育施設)であり(地教行法二三条一号、三二条、組織規則第三章第四節)、そして、体育館が併設されていることから(組織規則第三章第五節)、青少年団体・各種スポーツ団体からの利用需要が大きく、本件社会教育主事は、右需要に応えるべく、スポーツ等に対する適正な知識体験に基づいて各利用団体の同施設における社会教育活動を指導するものであることが認められる(乙二、三、六、八、一一)。

したがって、本件社会教育主事は前記の社会教育施設職員、すなわち単なる職としての社会教育主事に該当するものと認められ、社会教育法に規定する社会教育主事ではないと解するのが相当である。

4  よって、争点1に関する原告の主張は、本件社会教育主事が社会教育法に規定する社会教育主事であるとする点で理由がなく、その余の点について判断するまでもなく失当である。

二  争点(二)(組織規則三〇条はその規定内容が不特定で任命権者の恣意をいれる余地のある違法無効な規定であるか)について

1  本件組織規則、本件社会教育主事の制定根拠

本件組織規則は、法律の個別・具体的な(再)委任に基づいて制定されたものであり、規定事項自体は明確であると認められる。すなわち、地方自治法一三八条の四第二項、地教行法一四条一項は、教育委員会は、法令・条例に違反しない限りにおいて、その権限に属する事務に関し、一般住民をも拘束しうる法規命令の性質を有する法形式である教育委員会規則を制定することができる旨の一般原則を規定するとともに、この規則制定権に基づく個別的な必要的制定事項として、教育委員会事務局内部組織(地教行法一八条二項、同法施行令六条)、学校その他の教育機関の基本的管理事項(同法三三条)を規定している。本件組織規則は、地教行法一八条二項、三三条一項前段に基づいて、教育委員会事務局及び教育機関の内部組織・職員等につき昭和四三年八月二三日教育委員会規則第六号をもって制定された規則であり、同規則三〇条の規定する単なる職としての社会教育主事の職の設置については、昭和四四年四月一八日公布された地教行法一九条八項、同法施行令六条に基づく右組織規則の一部を改正する規則(昭和四四年規則第七号)において規定されたものである。そして、昭和五二年四月一日青少年の家が設置され、同五四年一〇月一日公布された地教行法三三条一項前段に基づく右組織規則の一部を改正する規則(昭和五四年規則第一七号)において、青少年の家にも単なる職としての社会教育主事の職が置かれることとなったと認められる(乙二、三、六、八、一一)。

2  二種類の社会教育主事の区別の明確性

組織規則の規定の内容については、たしかに、同じ「社会教育主事」のなかに、専門職としての社会教育主事と単なる職としての社会教育主事の二種類があるのは、用語上粉らわしく、特に、同じ県教委事務局のうち社会教育課・教育事務所に置かれる社会教育主事は前者であり、文化振興課、同和教育指導課に置かれる社会教育主事は後者である点(乙六、弁論の全趣旨)において、その紛らわしさは著しい。

しかし、争点(一)で説示したように、専門職としての社会教育主事と単なる職としての社会教育主事は、その配置場所、職務内容が異なるから、その配置場所、職務内容によって両者の区別が自ずと付くものであると認められる。すなわち、社会教育法九条の二、九条の三の規定からすると、専門職としての社会教育主事は教育委員会事務局において社会教育行政の企画・実施にあたり、これらを通じて住民の学習活動を支援する役割を果たすものと理解される。これに対し、単なる職としての社会教育主事は、青少年の家のような社会教育機関に配置される場合は直接専門的指導を行うものであり、また県教委事務局文化振興課に所属し高知県文化財団に派遣されている社会教育主事は埋蔵文化財の発掘、調査、研究を主たる職務としているものと認められ(乙六)、その配置場所、職務内容が相当異なることが認められる。

そして、社会教育法九条の四に規定する有資格の専門職としての社会教育主事の名称の使用が社会教育法上禁止されているわけではないこと、前記第一認定のように、組織規則三〇条の単なる職としての社会教育主事はその設置以来二〇数年を経過していることから、法律的にも定着安定した職として運用されてきていると推認できることをも考慮すると、組織規則三〇条の単なる職としての社会教育主事は、専門職としての社会教育主事と一応明確に区別することができ、立法者の恣意を招くおそれがあるとは認められないから、同規則の規定が内容不特定で違法であるとすることはできない。

3  したがって、その余の点について判断するまでもなく、争点(二)に関する原告の主張は理由がない。

三  争点(三)(地方公務員法一七条一項の転任によって原告を職としての社会教育主事にしたことが社会教育法等に違反する脱法的便法であるか)について

以下、職としての社会教育主事制度は社会教育法等の関係各法令に適合するか否か、設置の目的は何か、それに合理性はあるか否か、現実の制度の内容が右設置目的実現のために合理的なものであるか否か、制度の具体的運用が合理的なものであるか否かについて検討し、争点について判断する。

1  社会教育法等の法律との適合性

前記のとおり、社会教育法は専門職としての社会教育主事についてその資格を法定しており、各種の社会教育施設の内、公民館、図書館、博物館については、社会教育法、図書館法、博物館法において、館長・主事・司書・司書補・学芸員・学芸員補についてはその資格が規定されている。これに対し、青少年の家のような青少年教育施設の職員とその職務及び資格については、法律上別段の規定がない。

そこで、各職員の資格を法定する前記の社会教育法等の趣旨から、本件社会教育主事にも、資格を必要とするとの解釈を採るべきか否かについて判断すると、たしかに、本件社会教育主事には、その施設が青少年・成人の社会教育活動に関し教育的指導性を発揮しうるための専門性が備わっていなければならず、その専門性は、社会教育活動の技能面のみならず、企画・方法・評価等の面についても相当高度のものが必要となることが窺われる。しかし、昭和四六年四月三〇日社会教育審議会答申「急激な社会構造の変化に対応する社会教育のあり方について」においては、現在青少年の家に置かれる指導職員の専門性は必ずしも明らかではなく、今後この職員について社会教育主事の資格を有する者をもって充てる事が必要がある旨指摘するにとどまっており(乙六)、その後、青少年の家の指導者に要請される専門性の具体的内容やその程度が明確になったとの事実は認められない。前記のように、青少年教育施設の職員とその職務及び資格について法律上別段の規定が置かれていないのはこのような理由によるものと解される。

そうすると、青少年の家の指導者が社会教育主事の資格を有することが望ましいことはいうまでもないが、前記の各現行法の制定内容や青少年の家の指導者の職務の専門性が未だ発展途上にあるにとどまっている状況に照らすと、現行法の解釈として、青年の家の指導者には、専門職としての社会教育主事を置かねばならないとまでいうことはできないと解するのが相当である。

2  職としての社会教育主事制度の設置の目的とその合理性

(一) 職としての社会教育主事制度の設置目的

職としての社会教育主事制度の設置目的は、被告の主張のとおり、以下のように、他の職から社会教育主事への転職を円滑にし、その人材確保を図ることにあったことが認められる(乙一〇)。

すなわち、高知県においては、教員等の他の職の者を専門職としての社会教育主事へ転職させるには、以下のような障害があり、それを解消して円滑な転職を実現することが必要であった。すなわち、高知県においては従来専門職としての社会教育主事の採用について、まず社会教育主事補四等級(これは教育公務員特例法二条四項の専門的教育公務員ではないと認められる、乙九)として採用のうえ、社会教育法九条の五の専門職としての社会教育主事の講習を修了し、同法九条の四第二号もしくは第四号に規定する社会教育主事の資格取得後に専門職としての社会教育主事(三等級)に昇任させる運用が行なわれていた。しかし、このような運用では、その該当者の年令・経験・能力・給与等からみて社会教育主事補採用の際に、当然に三等級での採用をすべき者でも四等級で採用せざるをえないことになり、このことが給与面にも影響を及ぼすこととなるため、対象者に対し採用自体によって不利益を課する結果となり、その職務に対する意欲を阻害する恐れが予想された。その反面、社会教育主事補四等級採用者が短期間で専門職としての社会教育主事の資格を獲得する場合わずか一年以内に三等級に昇任することとなるため、これに伴って給与も昇給する結果となり、相互に不均衡を招来することもありえた。そこで、これらの不均衡を改善するための方策として、右地教行法一九条八項、同法施行令六条に基づく組織規則の改正規則をもって単なる職としての社会教育主事を設置したうえ、新たに専門職としての社会教育主事に採用されようとする者は、まず右組織規則三〇条に基づき単なる職としての社会教育主事として採用されたうえ、資格取得後専門職としての社会教育主事の取扱いをすることにしたものである。

(二) 右設置目的の合理性と実際の制度の目的適合性

結局のところ、右の設置目的は、他の職(主として教員)から社会教育主事等への転職を円滑にすることにあり、究極的には、他の職から社会教育主事等の人材を確保することにある。

そこで、右目的が合理性を有するか否か、実際の制度の内容が右目的達成のために適合的か否かを順次検討する。

(1) 目的の合理性

証拠(乙六、一一、一四ないし二〇、二九、証人小島、同高橋)によれば、以下のように、今日の社会においては、社会教育は極めて重要な地位を占め、社会教育と学校教育の連携の必要性が極めて高いこと、連携の具体的内容として人事面における交流、特に学校教員に社会教育に対する眼を開かせるため社会教育施設の職員等を経験させることが重要であり、その方法の一つとして社会教育主事には教員からその人材を確保する必要があることが認められる。

すなわち、社会教育と学校教育の関係は、昭和四〇年代半ばまでは、必ずしも有機的な連携はとられていなかった。しかし、昭和四六年の社会教育審議会答申によって、生涯教育の必要性が提言され、社会教育の重要性、家庭教育・学校教育・社会教育の三者の有機的統合の必要性が指摘された。そして、同審議会は昭和四九年には、在学青少年に対する社会教育の在り方について建議を取りまとめ、そのなかで、家庭、学校、社会のそれぞれの教育が独自の機能を発揮し調和を保ちながら連携を進めることが必要であり、そのためには、連携の領域や内容を明らかにして相互の補完関係を成立させなければならないとし、学校教育と社会教育の連携の方向として、学校が社会教育についての理解を深め社会教育施設の積極的利用の促進を図ること及び社会教育施設は学校の利用に対して情報を提供するとともに積極的に協力することが大切であると指摘した。その後の臨時教育審議会における四次に及ぶ答申は、右生涯教育の考え方を教育改革の基本的な考え方として位置づけ、そのためには社会教育が極めて重大な役割を担い、学校についても幅広く地域住民の学習の場となることが求められ、地域における教育・学習活動の一層の活性化を促すため、人材の有効活用を図る観点から学校の教員が地域の活動に積極的に参加することなどを提言していた。

そして、県教委も、右のような学校教育と社会教育の連携を推進するためのさまざまな施策をとっていたが、右の連携を推進する上で学校教職員の果たす役割が大きいことから、県教委の昭和五一年の答申においては、教職員の管理職登用については社会教育主事の資格を条件の一つに加えることを検討すること、新採用教職員研修に対し社会教育に関する内容の研修を追加することが付帯意見としてつけられており、学校教員を社会教育関係職員に配置することは教員の社会教育に対する理解を深めるうえで有効な手段であり、学校教員に社会教育を経験させることにより、より広い視野からの教育活動の展開、地域に密着した学校運営がなされることが期待された。そして、高知県社会教育委員会の平成四年の意見具申において、教員は青少年の学校外活動の重要性を十分認識し、地域の社会教育関係者、社会教育施設等との連携・協力に努め、学校外活動についての情報収集、児童生徒や保護者に対する情報提供を積極的に行う旨の提言がなされた。

右のような状況下では、第一に、社会教育の側から、社会教育主事の人材を他の職からの転職によって確保する必要がある。すなわち、たとえば、実際に本件社会教育主事については、青少年の家には高知県立幡多体育館設置条例に基づいて設置された体育館が併設されていることから(組織規則第三章第五節)、青少年団体・各種スポーツ団体からの利用需要が大きいから、本件社会教育主事は、右需要に応えるべく、スポーツ等に対する適正な知識体験に基づいて各利用団体の同施設における社会教育活動を指導しうる能力が必要であること及び前記昭和四八年一一月二二日文部省社会教育局長通知「公立少年自然の家について」の4において、「少年自然の家には、所長、専門的職員(中略)その他必要な職員を置くものとすること、専門的職員は、少年の学校外生活に関して適切な指導のできる者をもってあてること」とされているところから、人材を学校教員からの転職発令に基づいて確保する必要がある。

そして、第二に、学校教員の側にとっても、前記のように、社会教育に対する理解を深め、幅広い視野から学校教育活助を展開しうるように、社会教育関係の仕事を経験しておく必要がある。

以上によれば、社会教育と学校教育の連携が極めて重要になっている今日の状況下においては、他の職から社会教育主事への転職によってその人材を確保する必要性、合理性があり、そのためには、転職を円滑になしうるようにする必要のあることが認められ、職としての社会教育主事制度の設置目的には合理性があると認められる。

(2) 職としての社会教育主事制度の右目的達成のための合理性

しかしながら、学校教員等から社会教育施設の専門的職員への転職を円滑にするという目的の達成のためには、社会教育主事への採用には必ずしも社会教育主事補を経験することは必要ないのであるから(社会教育法九条の四第二号、四号)、転職対象者に転職前に社会教育主事の資格を取得させ初めから専門職としての社会教育主事として転職させれば前記のような不均衡は生じず、転職に円滑を欠くことはなく、またその方が専門性が必要とされる社会教育主事の職務内容に照らしても妥当であると考えられなくもない。しかし、人員面等での制約を考えると、考えるほどにたやすくなく、したがって、職としての社会教育主事をおくこともやむをえない面があると考えられ、右のような制度の設置を直ちに違法とすることはできない。

3  制度の具体的運用の合理性

単なる職としての社会教育主事のうち、本件社会教育主事については、転職後、社会教育法所定の資格を取得するための講習の受講の機会を与えていること、なるべく多くの教員に社会教育を経験させる見地から、約三年で交代するという運用がとられていることが認められる(乙六、証人芝)。

社会教育法所定の資格取得の機会を与える点は、前記のような青少年の家の指導員にも今後社会教育主事に要請される専門性が必要とされると考えられていることに合致するし、約三年で交代する運用についても、既に認定したように、学校教育と社会教育の連携を図ることが今日の教育全体の重要な課題になっていることに照らすと、多くの教員に社会教育を経験させることは合理性があると認められる。したがって、具体的な制度の運用は、教員から社会教育主事への転職を円滑にし、可及的に多数の社会教育主事の人材を教員から確保するという、制度の設置目的に適合する合理的なものであると認められる。

4  以上によれば、職としての社会教育主事制度は、現行法に反することはなく、その設置目的のうち、学校教員等から社会教育施設の専門的職員への転職を円滑にし、よって社会教育施設の専門的職員の人材を学校教員等から確保しようという点には必要性、合理性があり、その制度内容にもその目的との一応の関連性も認められ、制度の具体的運用も設置目的に適合したものであると認められるから、社会教育法等の脱法であり違法であるとは認められない。したがって、争点(三)に関する原告の主張は理由がない。

四  争点(四)(本件転職処分が県教委の裁量権を逸脱、濫用するものとして無効であるか)について

先ず、原告の主張(四)の(1)及び被告の主張(四)の(1)(2)を判断するために、県教委の有する裁量権の性質とその制約について考察し、次に裁量権に何らかの制限があるとした場合、その逸脱、濫用の判断基準は何かを探求し、さらに本件の事実関係に徴して原告の主張(四)の(2)ないし(4)、被告の主張(四)の(2)(5)(6)の事由が存在するかどうか検討し、それが裁量権の逸脱、濫用につながるかどうか、重大かつ明白な違法につながるかどうかを順次みることとする。

1  県教委の任命権上の裁量権とその制約

(一) 本件転職処分の法的性質と県教委の裁量権

(1) 本件転職処分の法的性質

教員は教育職であって、給料も教育職の給料表によって支給されるのに対し、本件社会教育主事は行政職であって、給料も行政職の給料表によって支給される相違点があるのに加え、その任免、分限等について教育公務員特例法の適用の有無に差異があり、特に、その採用方法については、前者は資格を必要とする反面選考という方法が採られるのに対し、後者は競争試験によるという重大な差異がある。

そこで、右のような重大な差異がある職間の転職はいかなる方法によって行うのかについて検討する。

地教行法三五条によると、地教行法三一条二項に規定する教育機関の職員(職としての社会教育主事を含む)の任免・給与その他身分取扱いに関する事項については地方公務員法が適用され、同法一七条一項においては、職員の任免の方法として採用、昇任、降任又は転任のいずれか一つの方法によることが規定されている。そして、同法八条一項一号、四項の規定に基づき人事記録に関し必要な事項を定めることを目的として制定された人事記録に関する規則四条二項においては、人事異動に関する用語として、転任(職員としての身分を中断することなく、任命権者を異にする他の機関から異動してきた職員を任命する場合をいう)、転職(現に任用されている職員を同一の任命権者のもとで昇任及び降任以外の方法により職名を異にする職に任命する場合をいう)が規定されていることが認められる(乙四)。右規則が地方公務員法に準拠して制定されていることを考慮すると、同規則に規定する「転職」は、地方公務員法一七条一項にいう転任に該当するものと解するのが相当である。

そして、公立学校の教員は地方公務員の身分を有するものであって(同法三条)、地方公務員の外の教育公務員という特殊の身分にある者ではないこと(文部次官通達昭和二四年二月二二日発調第三八号、乙一二)に照らすと、高知県立高校教諭は県教委に任命権がある高知県の地方公務員であり、その点では、本件社会教育主事と同じであるので、教員から本件社会教育主事への異動は、県教委という同一任命権者の下での地位の変更にとどまり、教員の地位は失われるものの、高知県の地方公務員としての身分は失われないものと解される。したがって、本件異動は地方公務員法一七条一項にいう転任(前記規則にいう「転職」)であって、免職には該当しない。

そして、争点(一)で認定したように、本件社会教育主事は単なる職としての社会教育主事であって、社会教育法に規定する専門職としての社会教育主事ではないから、教育公務員特例法の適用はなく、その採用についても同法一六条の規定による教育長の選考による採用という手続きをとる必要はないから、単に地方公務員法上の転任によってのみ、教員から本件社会教育主事へ異動させることができるものと解される。

そうすると、本件異動については、免職及び採用の法的性質を有することを前提にした教員の同意は必要ではないものと解される。

なお、本件社会教育主事である者が高校教員に復帰するときには、新たに県立学校教諭に採用される形式が採られていることが認められる(証人芝)。しかし、教育公務員特例法一三条一項は、教員の採用は選考によるものとし、その選考は、教育委員会の教育長が行う旨規定しているところ、同項に規定する「採用」については、文部省初等中等教育局長昭和二八年二月二六日文初地第一一四号通知三・(2)・(イ)によって、「地方公務員法にいう採用のみならず現に教育公務員でない者を教育公務員とすること及び校長・教員・教育長・専門的教育職員のいずれかの職にある教育公務員が他の職の教育公務員となることをいう」と解釈運用されていることが認められ(乙七)、右の解釈運用に基づけば、同法にいう教育公務員に該当しない本件社会教育主事を教育公務員たる教員に異動させることを、地方公務員法一七条一項の転任によって行うことは可能であるが、しかし右異動は同時に教育公務員特例法一三条一項の採用に該当するものであるから、その手続きの形式として、教育長の選考による採用が必要となるからであって、右のような手続きが採られていることから、教員から本件社会教育主事への異動を地方公務員法一七条一項の「転任」によることができないということになるわけではないと解される。

(2) 県教委の裁量権

そして、県教委は、地方自治法一八〇条の八、地教行法二三条に規定するような教育に関する権限に属する広範囲な事務を管理執行することとされており、同法三三条一項により、法律又は条例により設置されたその所管に属する学校その他の教育機関を管理運営し、同法三四条により、右教育機関の職員を任免する権限を有する。したがって、原告のような学校教員を教育機関の職員である職としての社会教育主事に転職を命じた行為は、任命権者たる県教委の任命権に属する人事行政作用の一環であると認められる。

一方、地方公務員法は転任(転職を含む。以下同じ)については、要件規定を置いていない。そして、任命権者である県教委は行政目的とその達成状況、各職の果たすべき役割、各職員の能力・性格等諸般の事情を知りうる立場にあり、また、住民に対し教育行政に関する責任を負っているものである。したがって、県教委には、教育効果の向上という教育行政上の目的達成のために、その管理下にある教育機関に適材を配置すべく、その任命権について自由裁量権を有するものと解される。

(二) 自由裁量権の制約

しかし、教育公務員については、教育基本法六条二項、一〇条二項等の規定により、その全体については一般的抽象的な形ではあるが他の一般公務員より強い身分保障が定められている。これは、憲法二三条により大学以外の教育機関の教員にも一定の範囲において教授の自由が保障されており、子どもの教育は、教員と子どもとの間の直接の人格的接触を通じ子どもの個性に応じて弾力的に行われなければならないから、教員の自由な創意と工夫が要請され、そのためには、教員各自が自由な創意と工夫を行えるように教員の身分の安定を図る必要があることによるものと解される。そうすると、任命権者である県教委の自由裁量権にも右の教員の身分尊重の原理から自ずから合理的限界が存するものと解するのが相当である。そして、教員には、狭い意味での教授の自由の他に、自由な創意・工夫を行うために常に研修等自己研鑽を行う必要があり、結局教員には自己研鑽を含む教育の自由があるものと解される。また、前記のように教育が直接の人格的接触を通じて行われる必要があることから、右の教育の自由の侵害の有無は、教員各自ごとにその個人的事情を考慮して判断されねばならないが、その判断は、教員も地方公務員として公共の利益のために勤務しなければならないのであるから(地方公務員法三〇条)、客観的見地からなされる必要がある。

これを本件についてみると、本件転職処分は教員としての地位を喪失させてこれとは職務内容の相当異なる社会教育機関の職に就かせるものであるから、教員の身分保障の見地からも、また、社会教育と学校教育の連携の必要性及び社会教育に携わることの教員にとっての有用性の見地からも、当該教員の同意のもとに意欲的に本件社会教育主事の職務を遂行することができるようにする事が望ましいことはいうまでもない。

しかしながら、本件社会教育主事については、従来から概ね三年の任期で教員に復帰させる運用が採られており(乙六)、原告が教員としての地位を喪失するのは一時的であって、しかもその期間はそれほど長期間であるとはいえないし、教員の身分保障に関する、教育基本法六条二項は教員の身分の尊重を一般的に規定するものにすぎず、教育公務員特例法も、五条一項、六条一項において、大学の学長、教員、部局長については、大学管理機関の審査の結果によるのでなければ、その意に反して転任、免職されることはないと規定するが、それ以外の教育公務員の転任、免職については何らの規定を置いていない。これによると、憲法や教育基本法の規定から、高校教員については、その同意がなければ転任されることはないとの原則を導き出すことはできない。

さらに、従来より教員からの転職発令により本件社会教育主事の人材を確保する制度がとられてきており、また、後記のとおり、本件社会教育主事の職務も教員の専門的知識、経験を活用しなければならない職務内容であることからすると、本件社会教育主事の職務は高知県立高校教員としての採用行為に予定された範囲外のものであるとまではいうことはできない。

そうすると、本件転職処分につき当該教員の同意を得ないことが直ちに違法になるということはできないものと解される。

そこで、さらにすすんで検討すると、本件転職処分に当該教員の同意は要しないものの、前記のような見地からは、本件転職処分が裁量権を逸脱、濫用しているかどうかについて、本件転職処分に合理的必要性があるかどうか、事前に教員の意見希望を十分に徴すべき手続きを経たかどうか、教員の教育要求や現任校の教育計画を著しく妨げるものではないかどうか、教員に受忍すべき限度を超える生活上の不利益を与えないかどうかなどの観点から十分に吟味すべきである。以下順次検討する。

2  本件転職に関する事実

(一) 本件転職に関する異動計画の目的、異動原案の策定経緯とその合理的必要性(被告の主張(四)の(1)(5))

(1) 異動計画の目的の合理的必要性の有無について

(a) 証拠(乙一三、二八、証人小島)によれば、本件転職は、以下のような目的によって計画されたものと認められる。すなわち、本件転職は、平成三年度末には当時本件社会教育主事の地位にあった者が在任三年を経過することになり、従前から特別の事情のない限り三年で学校現場へ発令する運用がなされ、また教員からの転職を行ってきたことから、教員から後任者への転職を行なう目的によって計画されたものである。

(b) そこで、右目的の合理性について判断する。前記認定のように、今日の社会においては、社会教育は極めて重要な地位を占め、社会教育と学校教育の連携の必要性が極めて高く、その具体的内容として人事面における交流、特に学校教員に社会教育に対する眼を開かせるため社会教育施設の職員等を経験させることが重要であり、また、本件社会教育主事については、その職務の内容からスポーツ等に関する適正な知識体験に基づいて各層の人々を実践的に指導する経験豊かな教員経験者を配置する必要がある。そして、証拠(乙六、一四ないし一八、二九、証人小島、同高橋)によれば、本件社会教育主事(青少年の家の指導班員)については、以上のような学校教育と社会教育の連携を図る観点及び前記の文部省社会教育局長通知の趣旨を踏まえて、従来から学校教員からの転職発令に基づいて人材の確保をしてきたものであり、かつ多数の教員に社会教育の経験を持たせるため、社会教育施設の経験のない教員を登用し、概ね三年で交代させることとしていたもので、原告に対する発令もその一環としてなされたものであることが認められる。

以上によれば、教員を本件社会教育主事に転職させる計画の策定には、合理的必要性があると認められる。

(2) 異動原案の作成過程における本件社会教育主事の人選の合理性について

証拠(乙一三、二八、証人小島)によれば、以下のような経過によって、異動原案の作成過程において、原告が本件社会教育主事への転職の対象者として選定されたことが認められる。

県教委の平成四年四月一日付けの公立学校教職員人事異動の実施については、例年どおりその方針を定めてそれに基づいて行うこととされたが、右方針は、教育水準の向上をねらいとし、教育効果の向上を第一義とした。そして人事異動に関する原案は、平成三年一一月中旬ころ各教職員から校長を通じて人事異動希望カードの提出及び同時に各県立学校長からそれぞれの所属する教職員の人事異動に関する所見を求め、一二月初旬から翌年の一月中旬にかけて各県立学校を管理主事が訪問し、教職員の面接希望者に人事異動に関する面接、その後学校長との人事異動に関するヒアリングを経て作成された。原告は、人事異動カードを提出したが、留任を希望し、茶畑校長は本人の希望尊重の見地から、所見には特別に記載はしなかった。

県教委は、従前のとおり、教員からの後任者の人選を行なうことにし、人選にあたっては、本件社会教育主事の主たる職務内容が、集団宿泊研修等の企画、実施、指導、評価に関するものであり、これらを通じて健全な青少年の育成をすることにあって一部行政的な仕事もあることから、教員として一定の経験を有し、しかも指導力、企画力、行政的な能力を有すること、併設の体育館の社会教育主事を兼ねることから体育の指導をできることを念頭に置き、青少年の家が幡多郡大方町に所在するという地域性を加味し、さらに、従来から可及的に多数の教員に社会教育を経験させる見地から社会教育施設での経験がない者を発令していたこともあって、その経験のない者を選ぶという観点で、人選を行った。そして、原告について、それまでの教員としての八年の経験年数や青少年の家と同じ幡多郡下の高校の教員であるという地域性、それまでの勤務評定等による能力面での適性及び社会教育施設での勤務経験のないことを考慮して、原告が適任であるとの判断をした。

以上によれば、異動原案の作成過程において、原告を本件社会教育主事への異動対象者として選定したことには、合理性があるものと認められる。

(二) 手続的保障(原告の主張(四)の(3)、被告の主張(四)の(3))について

(1) 教員から社会教育主事への転職について従来採られてきた手続き

後記認定のように、教員と本件社会教育主事の職務内容には相当大きな差異があるから、本件転職発令に際しては、原告の意見希望を十分に徴する機会を設け、また原告に本件社会教育主事の職務内容について十分理解させる機会を与える必要があると解される。

本件社会教育主事への転職発令に際しては、従来から、職場環境の変化があるため事前にその心構えをしてもらうことや人事異動希望カードを記入する際は学校間の異動が念頭に置かれていて青少年の家は念頭に入っていないことが多いこと等から、人事異動原案作成の最終段階において学校長を通じて本人への打診や学校長の具申を求め、さらに対象者が意向打診の際転職を拒否するようなときは、承諾を得られるよう最大限の努力をもって説得するようにしていたこと、そして、県立学校教職員から、教育委員会事務局や社会教育主事に発令された教職員に対し、異動の通知後、高校教育課長から、個別に、それぞれの職場における心構えや職務に関連する事項について話をする会が開催されていたことがそれぞれ認められる(乙二八、証人小島)。

(2) 本件転職の経過

証拠(甲二ないし五、乙一、五、二八、証人飯田、同芝、同茶畑、同小島〔認定に反する部分を除く〕、原告本人)によれば、本件転職の経過は次のとおりであったと認められる。

県教委高校教育課人事班長小島一久は平成四年三月一二日、茶畑校長に対し、原告の社会教育主事に対する適格性について電話で意見を求め、同校長から、適格である旨の回答を受けたため、同校長に対し、原告に意向を打診するよう依頼した。同校長は同日夜、原告に意向を打診したところ、原告から、行きたくないとの反応があったため、なお家人と相談をするように求めた。原告は、同日妻と相談したが同じ結論となった。

翌一三日午前、同校長は原告を同校の校長室へ呼び、内緒であると注意したうえ、青少年の家への転出について、原告の意向を聴取した。原告は、昨夜妻と相談したが、行きたくないと回答し、その理由として、妻が大方町立馬荷小学校勤務であり、原告が子供を保育園に連れて行っているが、それが困難になることを挙げた。同校長は、保育園については、保育園を変えることも可能であるし、子守を依頼する等の方法を採ることもでき、一般においてもさまざまな工夫がなされているとの話をした。原告は、命令なら考えなければならないが、そのような話が来ているのかと問い、教育要求上の理由として、原告が顧問教諭をしている部活動(ゴミ処理問題等研究する社会問題研究会、剣道部)が軌道に乗って来たこともあり、それを継続したい等具体的事情をあげて、留任を希望する旨を表明した。同校長は、教員が若いときにさまざまな経験をするのは有益であるとして、原告に対し本件転職を勧めた。

同校長は、同日午後、電話で、小島班長に対し、原告は前記の理由から学校現場への留任を希望しているが、命令なら仕方がないと言っていること、人物、能力は十分兼ね備えていることを報告した。

原告は、原告が所属する高知県教職員組合から同年の人事異動については留任希望を重点にするとの指示を受けていたため、翌一四日、同組合の同校分会長及び幡多支部書記長芝光明に、前記の経緯について報告した。

これを聞いた同組合の書記長飯田清久は、一六日、小島班長に、原告が青少年の家への異動を断ったが、それに対して報復人事を行わないよう電話で申し入れた。小島班長は、一三日の茶畑校長の報告から、原告は留任希望ではあるが、消極的ながら異動を承諾していたものと考えていたことや内緒の話が組合に明らかになっていたことから、非常に驚き、茶畑校長からは原告が断っているとの報告はないと回答したが、飯田書記長から、原告は明確に断っているとの発言があったため、原告の意向について再度校長に問い合わせてみると答えて電話を終わった。

同班長は、翌一七日、茶畑校長に対し、電話で、組合からの話の内容を伝え、再度原告の意向打診を依頼した。同校長は、翌一八日原告と面接したが、初めに、原告に対し、どうも原告が行かなくてはならないようになっていると話したところ、原告も驚き、同校長に対し、再度現場希望であること、宿毛高校大月分校の森下教諭が本件社会教育主事に異動してもよいという話が出ている旨を述べた。同校長は、同日、小島班長に対し、右の原告の話を電話でそのまま伝えた。また、原告も同日の話合いの経緯を組合に伝え、同日飯田書記長は、小島班長に対し、電話で、原告が再度明確に断ったことを組合の立場から伝えた。

しかし、県教委人事班は、原告が社会教育主事としての適格性を有していること、原告の学校現場で職務を継続したいとの希望は、教員である以上多くの者が通常思うことであり、誰かが本件社会教育主事になる必要があること、社会問題研究会等の部活動の顧問は毎年人事異動後に校長が決定するものであること、子供の保育園の問題は対応が可能であること、校長からの意向打診について、命令なら仕方がないと意思表示していること等を総合的に判断し、原告を青少年の家へ異動させる原案を作成した。そして、平成四年度の異動原案が同月二四日の教育委員会の議を経て決定された後、二五日に人事異動表が各県立学校長に交付され、茶畑校長から連絡を受けた同高校の教頭から原告に対し、本件の異動が伝えられた。

翌二六日、高知市の婦人会館において、前記の、教職員から教育委員会事務局や社会教育主事に発令された者に対し、高校教育課長から、個別に、それぞれの職場における心構えや職務に関連する事項について話をする会が開催され、原告も出席した。席上、高校教育課長石田正俊から、青少年の家の社会教育主事に発令になっているが受諾するかとの質問があり、原告が受諾しないと断り、その理由について、前記のとおりのことを述べたところ、石田課長は、校長からの報告と原告の言い分が異なるとした。そして、同日、原告と組合の委員長、飯田書記長らと石田課長、小島班長が話し合いを行い、組合側が、本人が断っているのになぜ発令したか、今回の発令が取り消せなければ、教員と社会教育主事の兼務発令をして学校現場に残せとの主張があり、高校教育課側は、今回の発令は教育委員会の議を経たものであり、取消しはできない、兼務については給与体系が異なるので技術的に難しいとの応答があり、同課長は、校長から受けていた報告の内容と原告の意思に違いがあったことを同日の面接において認識したことを認めた。

そして二八日、三〇日、三一日にも両者の話し合いが行われたが、物別れとなった。

県教委は四月一日に、原告に対し、本件転職辞令を郵送した。そのため、原告は、四月七日から青少年の家での勤務を開始した。しかし、青少年の家での職務内容に関する特別な引継ぎやオリエンテーションはなく、日々の業務のなかで、従前から同家に勤務している臨時職員から説明を受けながら、職務を行った。原告は、青少年の家の職務に精力的に取組み、顕著な実績を挙げている。以上である。

(3) 以上の事実に照らすと、原告の本件意向打診に対する意思表示は一貫して学校現場への留任であったことは明らかであり、本件転職を承諾していたとはいえないし、小島班長らとしても、前記認定の経緯全体をみれば、原告が本件転職を承諾しておらず現場希望であることを認識することは可能であったと認められる。そして、前記の従前からの手続きに照らせば、本件の場合は、原告の真意を十分に確かめ、その上で承諾を得るための説得をする必要があるケースであったと認められる。そして、前記認定の二六日以降の県教委の対応に現れているように、異動表は教育委員会の議を経た後は変更が事実上不可能だというなら、右意向打診等は、右教育委員会の議のある二四日より前に行われるのが当然であるのに小島班長らは一八日より後は何らの対応も執っていない。

そうすると、本件転職手続きは、事前に教員の意見希望を十分に徴し、あるいはこれを十分に徴すべき手続を経ることにおいて、遺漏があったものといわなければならない。

また、青少年の家の職務内容の説明の機会についても、従前の例によれば、三月二六日の高校教育課長との面接の際右説明が行われるべきところ、同日の面接では発令の取消し等が争われ、右の説明は行われなかったのであるから、四月以降原告を本件社会教育主事として職務に就かせるのであれば、その前に右説明の機会を設けるべきであったのに、前記認定のように何らの機会も設けられていない。

そうすると、本件転職手続きは、原告に対し社会教育主事の職務内容について説明をし心構えをさせることにおいて、不十分であったものといわなければならない。

(三) 本件転職処分の原告の教育の自由に対する影響

(1) 原告の教育要求とその制限(原告の主張(四)の(2)、被告の主張(四)の(4))

原告は幡多農業高校の保健体育の教諭として五年間勤務し、同時に同校の同和教育主任を昭和六三年四月から四年間担当し、同校における学校教育活動を計画的、系統的に遂行していたものであり、さらに、クラブ活動として剣道部、社会問題研究会を担当し、前者については郡大会で優勝する成績を挙げ、後者についてはゴミ処理問題を取り上げて生徒の地域調査・研究を指導し、その活動は新聞にも報道されて生徒の社会的関心と調査研究意欲を高める成果を挙げており、本件転職の意向打診に際しても、それらの教育活動を継続していきたいという教育要求を有していた事実が認められる(甲二、乙五、証人茶畑、原告本人)。

確かに、当面の教育要求の制限は、当該教員の教育の自由に対する直接の制限ではある。しかし、教員の教育の自由は、当面の教育要求だけがその内容をなすものではないから、結局のところ、当該転職処分の適法性については、当面の教育要求の制限の見地のみからではなく、それが教員の教育の自由全体にどのような影響を与えるのかという見地から判断しなければならず、当面の教育要求が制限されるからといって、直ちにその転職処分が違法になるものではない。

さらに、部活動は学校教育の一環として行われているにすぎず、その顧問教諭については、毎年人事異動後に新しい職員構成のなかで校長が決定するものであって、必ずしもその地位に変動がないとはいえない(乙二八)。したがって、原告の教育要求の保障の程度は決して強いものではない。

(2) 本件社会教育主事の職務内容と教員にとっての有益性(被告の主張(四)の(6))

(a) 本件社会教育主事の職務内容

前記認定のように、青少年の家は、地教行法三〇条に基づいて制定された高知県立青少年の家設置条例に基づき、昭和五二年四月一日、青少年の研修・講習・野外活動等の用に供すべく設置された教育機関(社会教育施設)であり(地教行法二三条一号、三二条、組織規則第三章第四節)、青少年の家には高知県立幡多体育館設置条例に基づいて設置された体育館が併設されている(組織規則第三章第五節)。青少年の家は研修・講習・野外活動等を含めた集団宿泊生活を通じて青少年の健全育成を図ることを目的とし、体育館は、県民の体育の振興を図るとともに、社会教育活動の場を提供することによって青少年の健全育成を期することを目的としており、いずれも社会教育の理念に基づいて設置された社会教育のための教育機関であって、高知県内に五か所ある県立青少年の家の中でも唯一県教委が直接管理運営する施設であり、他の施設に対しリーダー的役割を果たすべき立場にある重要な施設である。

そして、青少年の家は、青少年団体・各種スポーツ団体からの利用需要が大きく、本件社会教育主事は、右需要に応えるべく、スポーツ等に対する適正な知識体験に基づいて各利用団体の同施設における社会教育活動を指導するものである。その具体的職務内容は、主催事業の実施要領の策定、事業の実施、参加者の指導、事業の評価、受入れ事業における研修プログラムの相談・指導・助言、研修指導などがあり、特に両事業における事業研修プログラムの評価を行い、新たな研修プログラムや指導技術の開発を図るための研修活動を行うことが重要な職務であり、さらに、予算編成の基礎となる年間事業計画や施設設備計画を策定するためには、指導班職員の専門的な知識、経験が不可欠になり、予算編成に協力することも重要な職務の要素となっている。すなわち、本件社会教育主事の職務は、いずれもスポーツ等に対する適正な知識体験を必要とする専門的なものであり、かつ青少年の家において実施される社会教育のなかでも極めて重要な役割を果たすものであると認められる(乙二一、二九、弁論の全趣旨)。

(b) 社会教育の重要性、社会教育と学校教育の連携の必要性、教員と社会教育の関係

確かに、学校教育と社会教育の関係は、学校教育が、学校の教育課程として行われる教育活動で、一定の教育内容・同年令の学習者集団、定型的・系統的という特徴を有するのに対し、社会教育は、学校教育を除いた主として青少年及び成人に対して行われる組織的な教育活動で多様な教育内容・学習者、非定型的・非系統的という特徴を有し、相当の差異があることは否定できない。

しかし、前記のように、今日の社会においては、社会教育は極めて重要な地位を占め、社会教育と学校教育の連携の必要性が極めて高く、連携の具体的内容として人事面における交流、特に学校教員に社会教育に対する眼を開かせることが重要であることが認められる。

したがって、教員と本件社会教育主事の職務は異質ではあるが、今日においては、社会教育と学校教育の関係は、相互の緊密な連携・協力を図る必要がある極めて密接なものであり、教員も社会教育に関する関心・理解を深めることが必要不可欠な状況にあると認められる。

(c) 教員と本件社会教育主事

確かに、青少年の家において行われる社会教育は広範な内容を持つ社会教育の極く一部であり、その実際の職務内容も単純機械的な労務を含み、在職期間も概ね三年であって、本件社会教育主事を経験したからといって、直ちに社会教育全体に対する十分な理解が得られると限らない。

しかし、教員が本件社会教育主事を経験することはその教員に社会教育に対する理解を深める機会を与えるものであって、その教員が十分な問題意識をもって本件社会教育主事の職務に取り組めば、当該教員の社会教育全体に対する理解は十分に深まるものと認められる。そして、右(a)(b)からは、社会教育に対する十分な理解をもつことによって、より広い視野からの教育活動の展開が可能となり、本件社会教育主事を経験することは、当該職員にとって、教員としての教育活動を行う上でも非常に有益であると認められる。右のことは原告本人自身認めるところである(原告本人)。

(3) 以上によれば、本件転職処分は、原告の現在の教育活動を継続したいという教育要求を制限するものではあるが、右制限による原告の教育の自由の制限は重大なものとは言えず、反面、本件転職処分は、社会教育に対する理解を深め、その視野を広める機会を与えるものであって、教員としての将来の教育活動にとって有益なものであり、教員の教育の自由の実質的内容の充実に資する性質であると認められる。

そうすると、本件転職処分は原告の教育要求を著しく妨げるものとは解されない。

(四) 原告に与える生活上の不利益(原告の主張(四)の(4)、被告の主張(四)の(7))

(1) 勤務時間

原告の幡多農業高校における勤務は平日勤務であり、教員として夏期、冬期の研修期間があったのに対し、青少年の家の勤務時間は、三交代制で、早番は午前六時三〇分から午後三時一五分まで、日勤は午前八時三〇分から午後五時一五分まで、遅番は午後一時から午後九時四五分までであり、勤務の順番は、研修団体の利用があるときは遅番、日勤、早番の順であるが、研修団体の利用が減少する九月第一週以降は日勤が多くなり、勤務の割り振りは原則として一週間前に分かるが、急な研修の申込があると二、三日前に変更になることがあり、休日は日曜・月曜または月曜・火曜(四週交代)であって、勤務時間がかなり不規則であること、夏期休暇は、夏期に研修団体の利用が多いことから事実上消化できないことが認められる(原告本人)。そして、その結果、原告とその子どもとの交流時間が減少したことが認められる(原告本人)。

しかし、夏期、冬期の研修期間は、単なる夏休み、冬休みではなく、教育公務員特例法二〇条二項に基づき校長の承認を受けて夏期・冬期に自宅等において研修を行うことができるというものであり、教育公務員の職務の性質上必要不可欠な研修の一環として認められたものであって、職務内容が異なればその研修の要否も異なるから、本件社会教育主事に右研修期間がなく、その結果原告が夏期・冬期の研修期間を取れなくなったとしても、それは合理的理由に基づくものであって、やむをえないと認められる。また、子どもとの交流時間の点も、交流が全くなくなったわけではなく、単に減少しただけであって、その当否はともかく親のいずれかが単身赴任することも社会一般に行われていることに鑑みると、通常受忍すべき範囲を超えているものとは認められない。

また、原告の妻は大方町立馬荷小学校教諭であり、同夫婦間の平成四年三月当時満三歳の次男は、原告が幡多農業高校近くの古津賀東保育園に出退勤時に送迎していたが、本件転職により原告が送迎することが不可能になったことが認められる(甲二、七、原告本人)。しかし、右の送迎問題は、妻の勤務する学校が朝の職員朝礼の時間を一〇分繰り下げたことにより、妻が保育園へ送っていくことが可能となって解決された事実が認められ、また教員の間においても、保育園に保育時間を延長してもらう、子守を雇う等の様々な工夫がなされている事実が認められる(乙二八、原告本人)。そうすると、この点も通常受忍すべき範囲を超えているものとは認められない。

(2) 給料

原告は、本件転職により、給料の面で、本給が、教育職から行政職になったため一か月九〇〇〇円の減額となり、ほかに教職調整手当一か月金一万〇八九六円、義務教育等教員特別手当一か月金一万〇九〇〇円の支給がなくなり同額の減収となり、そして、右減収月額合計金三万〇七九六円の年額三六万九五五二円に期末勤勉手当減収年額一八万五六三一円を加算すると年間五五万五一八三円の減収となるが、本件社会教育主事には時間外勤務手当・休日手当が支給され原告の前任者は平成三年度年間金三六万四四七一円の支給を受けており、結局年間減収差額は金一九万〇七一二円となることが認められる(甲六の一、二、乙二七、原告本人)。

まず給料の額の決定手続は、高知県人事委員会は、教職員給料表の適用を受けていた者が行政職給料表の適用を受ける職のうち社会教育主事等三等級、四等級に異動する場合の給料月額の決定については、地方公務員法二四条六項に基づき制定された公立学校職員の給与に関する条例六条二項に基づき制定した職員の初任給、昇格、昇給等の基準に関する規則三三条の適用に関し、昭和四四年「異動した日の前日に受けていた号給の一号給下位の給料月額と同じ額の異動後の職務の等級における号給又は給料月額とする」旨の通達を行っており、本件転職発令のような社会教育主事五等級への異動についても、人事委員会の承認を得て右通達に従った運用に準じる取扱いをしていることが認められる(乙二三ないし二六、二八)。そうすると、職員の給与は職務・責任に相応するものであるから、異動によりその職務と責任に変化があったときには給与も変化することがありうるものであるが、前記の通達による運用に従った本件の給与の減少は右変化に伴う最小限のものと認められ、受忍の限度を超えるものとは認められない。

また、教職調整手当、義務教育等教員特別手当の支給がなくなることも、右転職による職務内容及び勤務場所の変更に伴い通常生じ得ることであって、耐えがたい不利益ということはできない。

時間外手当、休日勤務手当の支給については、原告の現在の勤務の量が教員に比較して過重になっていると認めるに足りる証拠はなく、右各手当が支給されることを原告の収入の減少が耐えがたいものであるかの判断の資料とすることは許されるというべきである。

さらに、前記通達は、右通達により行政職給料表の適用を受ける職に異動していた者が、再び教育職員の給料表の適用を受ける職に異動した場合は、その者が行政職給料表の適用を受ける際に異動することなく引き続き教育職員の給料表の適用を受けていたものとした場合受けるべき級、号給若しくは給料月額とする旨規定してその回復措置が講じられていることが認められる(乙二五、二六、証人芝)。

そして、教員から本件社会教育主事へ転職した者は概ね三年で教員に復帰する運用がとられていることは、前記認定のとおりである。

以上を総合すると、結局年間減収差額は金一九万〇七一二円であって、しかも、その減収については、前記通達はその回復措置を講じることを規定しており、従前から本件社会教育主事の平均勤務年限が約三年であることから、このような減収は受忍の限度を超えているとは認められない。

(3) そうすると、本件転職によって原告が受ける生活上の不利益は受忍の限度を超えたものとは認められない。

(五) 幡多農業高校の教育計画に対する影響(原告の主張(四)の(1)、被告の主張(四)の(1))

原告が幡多農業高校において顧問教諭を担当していた社会問題研究会、剣道部については、本件転職処分後はそれぞれ後任の顧問教諭が指導を行っており、その教育計画に多大な支障が生じているものとは認められない(証人茶畑、原告本人)。

3  本件転職処分に重大かつ明白な違法があるかどうか

以上によれば、本件転職処分は、事前に原告の意見希望を徴すべき手続きを十分には経ておらず、また、社会教育主事の職務内容について理解させる機会も与えていないものの、処分自体には合理的必要性が認められ、教員の教育要求や現任校の教育計画を著しく妨げるものでもなく、教員に受忍すべき限度を超える生活上の不利益を与えるものでもないということができる。

したがって、本件転職処分は裁量権を著しく逸脱、濫用したものとまでいうことはできず、これに重大かつ明白な違法を認めることはできない。

第四結論

よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 溝淵勝 楠井敏郎 永井秀明)

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